私が開業した理由

【学生時代からお世話になる】

高校生の頃、部活中に生まれて初めて「ぎっくり腰」を経験し
腰を痛めると本当に動けなくなるんだと実感しました。

父の薦めで「整体」を受けましたが、まさか自分がこの道に進むとは
この時は思いもしませんでした。

今思えば腰痛との長い付き合いもこの頃から始まりましたね・・

【初めての大怪我】

20歳をちょっと過ぎた頃、フットサルをプレー中に足を負傷してしまう。
思っていたより重傷で、病院の診断では「もうフットサルはできない」
と言われる。これは正直かなりショックでした・・

【目指すべき道と出会う】

そんな時、これまたフットサル仲間から今の師匠を紹介される。
もう一度プレーできるようになり、世の中にはこんな凄いものがあるんだと
感激し、この瞬間に治療家の道を志しました。

この頃は自身の腰痛も悪化し、遂には座骨神経痛も出始めていたので
ついでに治してもらっていました。

以前からの腰痛もちゃんと良くなるんだなと驚き、
日常生活から見直していかなければいけないことを実感させられました。

【10年間で10,000人以上の症例を積む機会に恵まれ】

最初は学びながら師匠の元で研修させて頂き、
その後は都内の治療院グループで臨床を積みました。

職場では週に6日間働かせていただき
本当に様々な症状の方を診ることができて大変勉強になりました。

この頃は施術するのがとにかく楽しくて
そこで患者さんが「良くなったよ」と笑顔になってくれるのが
嬉しくて嬉しくて、この職業について本当に良かったと心から思いました。

その後も月に2?3回は勉強会やセミナーに参加して
ひたすら勉強は続けていました。
当時いただいたお給料のほとんどを費やしていたので
基本的にはず?っと貧乏でしたね(笑)

お休みのほとんどを費やしていたので
1日ゆっくりできる日は半年に2日くらい(後で考えてみたら盆と正月だけ)

ですが、学ぶ事・先程の患者さんにいただく一言の喜びの方が大きく
全く苦になりませんでした。

学ぶことを楽しいと感じ、
それをこれ程長く続けられた事は自分でも驚きです。
当然それまで勉強が楽しいなんて思ったことはありませんでしたので(笑)

開業直前までの約10年間、このような生活が続けられました。
この時期にここまで集中して学ぶことができて、
これは今現在自分の非常に大きな財産になっています。

今では頻度は減らしましたが学びの道は続いています!

【院長という責務】

そして数年経った頃、院長をやらないかと打診を受けました。

実は入社して半年の時にも打診を受けていましたが、
さすがに自分の事で手一杯で余裕も無く、時期尚早だとも思いましたので
その時は丁重にお断りさせていただきました。

2度目ということもありましたし、自分を成長させるチャンスかなと
思いましたので、院長をやらせていただくことにしました。

この時期は本当に自分の足りない部分を嫌という程思い知らされました。

全体を見ると自分の時間も削られるので
自分の事に集中できないジレンマを抱え

治療家として職人気質な部分が強く
スタッフの言っている事とやっている事が理解できない
いや、理解しようとも思っていませんでした。

自分のことばかりで、全体を考えることが出来てないと痛感しました。

このままではダメだと、何かを変えなければと
スタッフ1人1人と向き合うところから始めてみました。
1人1人の声に耳を傾けようと思ったのです。

全体のミーティングはもとより
個別にランチに誘ったり、飲みに連れていったり
スタッフの地元までバイクで行って深夜までファミレスで語り合ったり
全体としても個人としても、とにかく色んな話をしました。

ここでもまた出費がかさみ、やっぱり貧乏に・・(笑)

スタッフ達にはたくさん迷惑をかけたし、苦労もさせたと思います。
僕自身けっして100点満点の院長ではありませんでしたが、
本当に貴重な経験をさせていただき人間的にもかなり成長できた時期でした。

今でも当時のスタッフには感謝の気持ちで一杯ですm(_ _)m

【技術講師になる】

それまでの知識・技術・経験を評価され
今度は技術講師をやってくれないかと打診を受けました。

この頃は店舗数も増え
関東を中心に10店舗を超えるグループになっていたので、
専属で教える立場の人間が必要だということでした。

当時の私は、今まで学んできたものを
自分1人だけが使うのも何かもったいないなと感じていましたし、

「せっかく良いものを学んだのだからたくさんの人に受けてもらいたい!」

そう思うようになっていましたので
院長を辞め、その話を受ける事にしました。

ただし技術は使っていないと錆びていってしまうので
半分は現場に出て、半分は教える立場という条件を付けていただきました。

先ず月に1回会社全体の勉強会の開催を決め、新人研修も担当しました。
教えるのが私1人だけでは偏りができるので部門を3つに分けて
それぞれの専門に特化した先生に担当していただきました。

やはり様々な角度から学ぶ環境があったらいいなと思っていたので
これは上手くいきましたね。

学ぶ環境といえば各院が同じように学べるようにと
作成したテキストや動画を各院がネットを通じて見られるようにできたのは
自分でも良く出来たなと思います。(最近のPCは凄いです!)

更に、基本となる手技を考案して評価制度も導入しました。

現状のレベルを計るために全店舗の全スタッフを見て回りましたが
私も現場に出ていましたから、診療時間が終わってからでしたので
全て回るのに半年程かかりました。

中でも思い出深いのが山口県の店舗まで車で行ったことでしょうか

ちょうど千葉県でのトレーニング合宿と予定がかぶってしまい
前日に30Km超の砂浜と山のウォーキング、
当日にスタンドアップパドルサーフィンをやった帰りに
そのまま車で15時間かけて山口県へと向かうという強行軍・・

本当に倒れるかと思いました(笑)

約1週間かけて技術講習も行えたのでかなり収穫はあったのですが
その間は経費削減で院に泊まり込む日々・・

そしてまた帰りも車を運転すること20時間・・
今度は途中でパンクするというアクシデントがあり
しかも脱輪しかけていたという驚愕の事実が発覚するという

本当に生きて帰れたことに感謝したいです(笑)

そんなこんなで最後の方は
朝の7時過ぎに家を出て帰ってくるのは夜の11時過ぎ
何かあれば午前様で、休みの日は勉強会に行くと

これでよく家庭崩壊しなかったなと書いてて思いました
妻には感謝しかありませんm(_ _)m

【治りやすい人・治り難い人】

これまで様々な患者さん、あらゆる症状を見る機会に恵まれ
うまく治せない症状に出会う度に、治せる療法を探し求めていました。
日本古来のものから、アメリカ・ドイツ・ヨーロッパ・インドなど
世界各国の療法を学びました。

そして自分だけではなく教える立場から、自分以外のスタッフを
通じて治療効果について感じることがありました。

それは
・治りやすい人はどの療法を使っても治る
・治りやすい人は自分以外のスタッフが診ても治る

最初はアレ?って思いました
自分の能力以外にも治療効果に影響を及ぼす部分がある事に気がつきました。

・治りやすい人と治り難い人の差は『身体の質』にあった

『身体の質』とは、基礎的な体力・身体の使い方・筋力・柔軟度など
自分の事(技術)ばかり気にして患者さんの『身体の質』には
考えが及んでいなかったのです。

【その時から感じ始めていたある疑問】

身体に不調が出て来院される、そして改善したら卒業。
自分の身体に関心がある人ほどこれを繰り返します。
マイナスをゼロに戻す、またマイナスになったら・・・

これって本当に健康と呼べるのか?と

「悪くなってから」ではなく「悪くならない」ように
予防も含めてマイナスからゼロへ更にプラスへとできないか?
そう思うようになり

いつの間にか「自分が治している」
という勘違いをしていることに気がつきました。

【私の原点、医学の祖ヒポクラテスの言葉】

=================================
『治ったのはその人の持つ自己治癒力の賜物であり、我々の仕事は
身体にかかる負担を減らし、その自己治癒力を最大限に発揮させる事。』
=================================

人間にはちゃんと「治る機能」=「自己治癒力」が備わっていて
揉んだり・叩いたり・手術したり・薬を飲んだりするから治るのでは無く
全ての行為はこの「自己治癒力」ありきの話なんですね。

症状が何度も繰り返し再発してしまうのは

「自己治癒力」<「負担」 だからであって

我々の仕事はこの「自己治癒力」が正常に働くよう正しく導き

「自己治癒力」>「負担」 というように直す

すると身体は自然と回復していきます。

しかし、施術すると良くはなるが何度も症状がぶり返してしまう。

そして何度も何度も施術を繰り返している内に慣れてきて
だんだん効かなくなってきます。

私自身も、忘れた頃にぎっくり腰がやってくるので
これは前もって手をうつ必要があるなと感じていました。

 
何とか再発を防げないだろうかと『古武術』を研究し、
良い身体の使い方とは何かを追求していきました。

すると、上手い使い方をしていると自然と回復していきます。

ここで「動作」に着目するようになりました。

これまでは「形が悪い」つまりは「歪み」=「原因」
と考えていましたが、では何なぜ身体は歪んでしまったのか?

身体は使い方によって様々に形を変えていきます。
歪みや変形に善いも悪いもありません、ただ単にあなたの使い方に
合わせてくれているだけなのです。

歪みが悪いのではなく、そうなるように使っているのが問題なのです。
真の「原因」は「動作」、自分でも知らないうちにやってしまっている
動作のクセを修正することで根本的な改善を目指すことができます。

動作改善を取り入れてから、自身の腰痛をコントロールできるようになり
ほとんど腰痛は出なくなりました。

【リカバリートレーニングという考え】

そんな時に出会ったのが『A.R.M.トレーニング』
その独自の運動療法で「治療」と「予防」を同時に行え

・Active  =積極的に
・Recovery  =回復させる
・Method   =方法

「積極的に回復させる方法」として運動を行い、身体の質を変え
早期回復・予防・また何かあっても回復できる身体になる。

あぁコレだなと、やっと巡り会えたなという思いでした。

転ばない人生はありません
例え転んでも寝たきりになるのではなく
再び立ってまた歩けるようになる。

『何をやっても治る身体』それは理想かもしれない
ですが、目指すべきすべき目標ができました。

【お世話になってきた地元への想い】

目指すべき目標ができましたが、
このまま現場に出続けながらの育成にも限界があるなと感じていました。
しかし、これ以上現場を離れるのには大きな抵抗があります。

それと同時に後進の育成もさることながら、
やはり現場の最先端でこれまで培ってきた「知識」「技術」「経験」を活かし、
もう1度しっかりと患者さんと向き合いたいという気持ちが湧いてきました。

悩みました・・・自分は何者であるのか?

やはり私は『治療家』です。それ以上でもそれ以下でもありませんでした。
そう思ってからの行動は早いものでした。

これまでの私は人とのご縁に大変恵まれました。
地元である小岩では本当に様々な人達に支えられ今日までやってこれました。
開業するならココしかない!小岩に恩返しがしたい!小岩を盛り上げたい!

これまでのご恩・ご縁に感謝しながら、尊敬する師匠のもと
ここ小岩にて『何をやっても治る身体』という理想を追求すべく
2013年2月11日『建国記念日』に開業させていただきました。

私は誰よりも人間の持つ可能性を信じています。
身体のことで何かを諦めなければいけないなんて「もったいない!」
これは自分自身の身体を通じて体験したことでもあります。

単純な性格の私はいつもこう考えています
「身体の専門家の自分が、
 あなたのお身体のことを自分のこと以上に考えれば、
 やっぱり何とかなる可能性はあるんじゃないか」と

大事なのは『洋の東西を問わず良い療法を選択できる環境』であること

西洋と東洋の医学の良いとこ取りをしていただけるよう
お身体について様々な角度からアドバイスもさせていただきます。

そして、思いっきり身体を使って人生を楽しむ!
その一助になれるようこれからも精進してまいります。

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